企業情報・沿革

企業情報

会社名 西阪産業 株式会社
創業 大正 6年(1917年)
設立 昭和15年(1940年)
資本金 1,500万円
代表者 瀬戸 昭男
本社 〒893-0063
鹿児島県鹿屋市新栄町39-9
TEL:0994-42-3055  FAX:0994-44-1623
永野田工場 〒893-0033
鹿児島県鹿屋市永野田町120
大阪営業所 〒530-0043
大阪市北区天満4-13-16
TEL:06-6356-7571  FAX:06-6356-8870
事業内容 甘藷澱粉製造販売、その他各種澱粉
取扱品 わらび餅粉・甘藷澱粉
関連会社 株式会社 大蒲

沿革

大正6年2月
広島県呉市吉浦町に西阪信太郎は西阪商店を創業し、主として県下の澱粉を集荷阪神地方へ販売する。
大正7年
鹿児島県鹿屋市に旧日本澱粉㈱より現在の永野田工場を買収、甘薯澱粉の製造に着手する。
昭和4年
鹿児島県肝属部串良町に甫ノ木澱粉工場を建設する。
昭和10年2月
西阪商店は個人企業を合名会社に西阪商店に改組する。
昭和11年
鹿児島県肝属部高山町に高山澱粉工場を建設する。
昭和10年3月
鹿児島県鹿屋市田崎町に昭和澱粉㈱を設立する。
昭和10年
同所に鹿屋澱粉工場を建設する。
昭和11年
宮崎県西諸郡高原町に高原澱粉工場を建設する。
昭和15年8月
大阪市北区今井町に西阪産業㈱を設立し、鹿屋市田崎町に工場を建設して植物由搾油を行う。
昭和17年
宮崎県串間市に北方工場を買収する。
昭和20年6月
広島県呉市吉浦町  合名会社西阪商店
広島県呉市吉浦町  昭和澱粉株式会社
鹿屋市田崎町267   西阪産業株式会社
上記の三社を合併し社名を西阪産業株式会社とし、本社を鹿屋市田崎町に置く。
昭和23年
都城市菖蒲原町に川崎航空の工場を買収し、澱粉工場及び植物油搾油工場を建設する。同時に管理系統統一のため、大阪市北浜に大阪事務所を、都城市菖蒲原町に宮崎事務所を、鹿屋市田崎町に鹿児島事務所を置く。
昭和26年1月
社長西阪信太郎死去により長男西阪容一社長に就任する。
昭和27年8月
宮崎県北諸県郡志和池村に志和池村工場を買収する。
昭和30年3月
資本金を15,000,000円に増資する。
昭和30年3月
宮崎県北諸県郡高崎町に高崎工場を買収する。
昭和32年5月
㈱大蒲に資本出資し経営する。
昭和32年8月
鹿児島県曾於郡松山町に松山工場を建設する。
昭和36年5月
鹿児島県肝属郡高山町に高山第二工場を買収する。
昭和37年10月
宮崎県北諸県郡高城町に山之口工場を買収する。
昭和40年3月
高速道路建設の為立退北浜1丁目25より西区土佐堀1丁目1-11に事務所を購入移転する。
昭和42年5月
高崎工場を売却する。
昭和43年5月
志和池工場を売却する。
昭和43年12月
都城工場を売却する。
昭和44年3月
宮崎事務所を山之口工場より都城市北原町へ移転
昭和47年5月
山之口工場を売却する。
昭和50年5月
鹿屋工場を閉鎖する。(鹿屋市都市区画整理事業の為)
昭和54年5月
甫ノ木工場を閉鎖する。(農業用水路整備工事の為)
昭和56年9月
宮崎事務所を廃止鹿児島事務所へ統合する。
昭和56年
日向澱粉組合解散により、高原・北方工場は大隈澱粉組合に加入する。
昭和57年4月
社長西阪容一会長に勇退、西阪佳丈社長に就任する。
昭和62年
大阪市北区天満4丁目13番16号に事務所を新築移転する。
平成元年
高原工場、北方工場を合理化の為廃止。鹿児島県下三工場に集約する。
平成8年
澱粉工場再編整備事業により松山工場を廃止する。
平成21年
高山工場解体除去(倉庫等一部を除く)廃止する。
平成26年
瀬戸 昭男 社長に就任する。
現在に至る

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